ブログのタイトルにもなっている「チー牛」ってそもそもなんなのか? そして僕は何故チー牛からの脱出を決意したのか?

 このことをまずは説明しようと思う。

そもそもチー牛ってなんぞや?

 まずチー牛という言葉についてだが、

三色チーズ牛丼顔とは「すき家で三色チーズ牛丼頼んでそうな顔」を略した悪口言葉である。

基本的にチーズ牛丼顔、あるいはチー牛とも呼ばれる。

https://dic.nicovideo.jp/a/%E4%B8%89%E8%89%B2%E3%83%81%E3%83%BC%E3%82%BA%E7%89%9B%E4%B8%BC%E9%A1%94

 とあり、その概要を読むと

すき家で三色チーズ牛丼を頼んでそうな、いかにも底辺で、陰キャで、貧乏で不細工な顔」ということらしい。ただし、すき家で三色チーズ牛丼を頼むものの何パーセント陰キャ貧乏であるというデータは存在しないので、要はただの偏見である。一応由来はとあるイラストに書いてあるセリフらしいのだが…

 つまりはこんな顔をした人間を指す蔑称のことである。

 上にも書かれているが明確な根拠はなく、一時期流行っていた子供部屋おじさん(成人後暫く経っても実家から離れず、実家の子供部屋で暮らすおじさんのこと)と同じように、この言葉を考えた人間が自分より下の人間(と勝手にレッテル張りをしている人)を見下して安心するする為の悪口だ。

 なので本来であればこんな言葉気にする必要などないし、こどおじと違って対して流行っている様子もないのだけど……三十代を迎える少し前、僕はこの言葉を知った瞬間、凄くショックを受けた。

「これ、まんま俺やん……」と。

言い訳できないくらいのクソだった三十代までの僕

 つい先日三十代に突入したが、それまでの僕はまんまチー牛の定義に当てはまる、チー牛オブチー牛だったのだ。

 たらこ唇で常に半開き気味の口、厚ぼったくてダサい眼鏡、いつも近所の床屋か1000円カットで切っていたダサい髪形と、上の画像まんまの顔をしていたし、学生時代からしょっちゅう「キモい」「ブサメン」だの容姿をからかわれたのがトラウマになっている(自業自得だが)。

 そして子供の頃から重度のオタクで、アニメや特撮を毎日浴びるように観て、稼いだ金はほぼ全てフィギュアやグッズなどのオタク趣味に費やしていたし、身だしなみなんか気を配る訳もなく、たまに服を買ってもセンスが完全に終わっていたのでどうしようもなく身なりは終わっていたし、言い訳しようのないキモオタだったのだ。

 性格は根暗でコミュニケーション能力は皆無、要領や物覚えが悪くて常に周囲の人をイラつかせ、頭のおかしいどうしようもない役立たずという評価が常だった。

 堪え性がなくて仕事も転々としていたし、その度に収入は下がり続けて現在の月収は二十万にも満たないんじゃないのってほど低い。

 ……ここまで書くと自分でも本当に悲しくなってくるというか、チー牛云々以前にタダのクソじゃんこれと情けなくなってくる。

今が人間として変われる最後のチャンスだ

 流石にこんなクソみたいな人の形をしたなにかのままでいい筈がなく、二十代の後半から色々と足掻いていた。

 脱オタを志してアニメや特撮観るのを止めてフィギュアやグッズを処分してみたり、コミュ力の低さをどうにかしたくてセミナーに通ってみたり、ジムに通って身体を鍛えてみたり、原宿のオシャレな美容室で髪を切ってみたり、服装を変えて清潔感なんてものにも気を配り始めたりした

 その甲斐あってか少しずつではあるが自分を変えることができるようになったのだが、それでも元がクソ以下の汚物がそうそう人間になどなれるものではなく、相変わらず人の形をしたクソみたいななにかとしてグダグダなまま人生を過ごしていたのだ。

 そして三十代があと数日まで迫り、二十代という貴重な時間ほぼ無駄にしてしまった自分の愚かさに絶望していた頃、チー牛という言葉を目にした。

 そこに書かれていた内容はまさに僕のことであり、そのとき僕は「このままチー牛から脱出することができなければ、僕はこの先ずっと、底辺で、陰キャで、貧乏で不細工と馬鹿にされ、世間から後ろ指を指されたまま惨めな人生を送り続けることになる」と感じた。

 そして僕は、チー牛から脱出し、生まれ変わる為に行動することにしたのだ。

まだ戦いは始まったばかり

 散々自分語りをしてしまったが、ここまで書いたように、僕がチー牛を脱出する為の行動を始めたのはつい数週間前からだし、まだまだスタートしたばかりだ。

 よくある「30までニートだった僕が〇〇で人生を逆転した話」みたいな成功体験をしたわけでもないし、そんな成功する為のノウハウなんてこれっぽっちも持っていない。

 それでも、これまで上手く行かなかったけど人生を変えようと足掻いてきたことは無駄ではないと信じたいし、この先の人生を少しでも変えていけると僕は信じている。

 まだまだ戦いは始まったばかりだが、僕と同じように冴えない人生で悩んでいる同志たちに、少しでも活力になる記事を届けられるように頑張っていこうと思う。

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